ご挨拶

プログラムスーパーバイザー 岡部 繁男

岡部 繁男

国立大学法人 東京大学
大学院医学系研究科 教授

プログラムスーパーバイザーより

脳機能ネットワークの全容解明に向けて―脳科学研究のパラダイムシフト

ヒトの脳は1000億個もの神経細胞が特有のネットワークを形成し、膨大な情報を処理し、ヒトに特有の複雑な脳機能を実現しています。この複雑な情報処理の仕組みに対して、これまでの研究手法には限界がありました。神経細胞レベルでの測定をする場合にはごく限られた数の細胞しか調べられず、逆に脳の広い範囲の活動を知りたい場合には何十万個という神経細胞の集団的な活動の平均値しか測れませんでした。したがって細胞レベルで脳のネットワーク全体を解析することは不可能というのが研究者の常識でした。

しかしながら、近年、電子顕微鏡レベルで脳の立体構造を自動的に解析する技術、脳を透明化することにより全体の構造を細胞レベルで一度に画像化する技術、光を利用して特定の神経細胞の活動を制御する技術など、脳全体のネットワークのふるまいを神経細胞レベルで解析する上で鍵となる技術が次々と開発されてきています。こうした新しい技術の発展を活用して、脳の全容を明らかにしようとする研究のパラダイムシフトが起きようとしています。

2013年にはブレインイニシアティブが米国で開始され、技術革新を進めることにより脳のネットワークの全体像の解明を目指す研究が推進されています。また、欧州では同じく2013年にEU全体で取り組む重点科学プロジェクトとしてヒューマン・ブレイン・プロジェクトが採択され、脳の様々な実験データをデータベース化するプラットフォームを整備し、脳の情報処理の仕組みの解明とそれを利用した情報処理技術開発を目指す研究が進行しています。

日本においてはこうした欧米の動向も踏まえながら様々な角度から検討が進められ、ヒト脳の理解に直結するという点から、霊長類の脳を対象とした研究を中心とすること、認知症やうつ病などの脳疾患と神経ネットワークとの関係を明らかにするために、基礎と臨床が密接に協力することが必要であること、などを柱とした「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」が2014年度から開始されました。本プロジェクトは挑戦的な研究目標を長期間かけて達成するものであり、全国の様々な研究拠点の協力により実施されます。2018年度には国際連携のための姉妹プロジェクトとしての戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳)も開始されました。また2019年度には後半5年間の新規課題が採択され、一層の研究の加速が期待されています。

プログラムスーパーバイザーとして本プロジェクトを担当するにあたり、こうした大きな流れを意識した上で、様々な研究者の連携を促進してこれまでにないアイディアや技術を組み込みながら、脳科学の新たなフロンティアを切り拓くプロジェクトとして推進したいと考えております。そしてその成果が「ヒトらしい思考を支えるネットワーク」の本質的な理解、脳の病気において障害を受けるネットワークの同定、さらには病気の診断や治療へとつながることを期待しております。


プログラムオフィサー 松田 哲也

松田 哲也

学校法人玉川学園 玉川大学 脳科学研究所/
大学院脳科学研究科 教授

プログラムオフィサー

大塚 稔久

国立大学法人 山梨大学
大学院総合研究部・医学域 教授

プログラムオフィサー 渡辺 雅彦

渡辺 雅彦

国立大学法人 北海道大学
大学院医学研究科 教授

プログラムオフィサーより

脳は、千数百億個の神経細胞からなるネットワークにより構成されており、脳を理解するためには細胞一つの活動だけではなくその活動がネットワーク上でどのように伝達されるのかを明らかにすることが必要不可欠です。そのためには、脳神経細胞間の構造的な繋がりを調べ、正確な神経回路図を作成し、その回路上を信号が伝わる原理原則を解明する研究が必要ですが、技術的制約もありそのレベルでの研究はあまり進んでおりませんでした。それが、近年の実験手法、計測技術の革新的な発展により、今日、その研究に挑むことができる時がきました。「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」は、まさにそこに立ち向かうべく立ち上げられたもので、2019年度は残り後半5年を迎える節目の年になります。

未曾有の高齢化社会に突入した我が国において、国民が期待している脳科学研究の1つとして、認知症、うつ病などの精神・神経疾患の解明があげられます。これまでの脳科学研究でも、これらの疾患の病態に迫る研究成果が出されていますが、さらなる精神・神経疾患の病態の本質解明には、本プロジェクトで目標としている神経回路レベルでの脳機能の理解が必要です。精神・神経疾患特異的神経回路を明らかにするためにも基礎・臨床が一体となった研究体制で研究を推進することも必要となります。

現在、日本だけではなく米国、欧州、アジア諸国でも新たな大規模脳プロジェクトが推進されています。我が国でも、このような世界的な潮流を踏まえ、国際的な脳科学研究の発展に貢献し、連携を深める目的で革新脳の姉妹プロジェクト・戦略的国際脳科学研究推進プログラム(国際脳)も開始されました。さらに、各国の大規模脳プロジェクトの連携を図るInternational Brain Initiative (IBI)も本格的に始動していることから、各国の動向を踏まえ連携をとりながら、日本の脳科学研究の強みを生かし、オールジャパンの体制で我が国の脳科学研究を推進することが必要であると思っております。私達の役割は、本プロジェクトの目標へ向けて、関係する研究者が一体となって研究が推進されるように指導・助言等を行うことであると理解しております。プログラムオフィサーとして、国民の皆様の脳科学研究への期待に応えられるように、プログラムスーパーバイザーの指示のもと、その責務を果たしていく所存でございます。皆様のご理解とご支援の程、よろしくお願いいたします。


プロジェクトリーダー 岡野 栄之

岡野 栄之

理化学研究所
脳神経科学研究センター チームリーダー/
慶應義塾大学 医学部 教授

プロジェクトリーダーより

革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト・中核拠点のプロジェクトリーダーを務めます理化学研究所脳神経科学研究センターの岡野 栄之でございます。この場をお借りしまして、このプロジェクトの全貌と私どもの取り組みについて紹介させて頂きたいと思います。

ヒトの脳は1000億個を超えるニューロンが100兆個を超えるシナプスで結合された神経回路を形成することにより情報を処理し、複雑な高次脳機能を担っています。この正常な神経回路機能の破綻は、統合失調症や神経発達障害などの精神・神経疾患を引き起こすと考えられており、正常な神経回路機能の全容解明は、ヒトの複雑な脳機能を理解する上で重要なだけでなく、神経疾患の病態解明や治療戦略の開発にとっても欠かすことができません。

こうした神経回路の全容解明を目指したプロジェクトとして米国ではブレイン・イニシアチブ、欧州ではHuman Brain Projectが展開されつつありますが、我が国の戦略の特徴として、ヒトの脳の機能解明のためには、可能な限りヒトに近いモデル生物系として、霊長類コモン・マーモセットに注目した点であります。コモン・マーモセットは南米に生息する新世界サルで、社会性にも富み、ヒトの脳機能を解明するのに適したモデル生物であります。更に近年、日本発、世界初の技術革新として、トランスジェニックマーモセットの作出に成功し、日本が世界をリードする分野でもあります。

そこで私達は、このマーモセットをモデル生物として、神経回路のコネクトーム解析および精神・神経疾患モデルマーモセットの作製を行い、よりヒトに近いモデル生物系の利点を生かした研究プロジェクトを遂行する計画です。まず構造的コネクトーム解析を行うにあたり、MRI技術を用いてマクロ的な構造コネクトームと光学顕微鏡レベルの解像度のmesoscopicなコネクトーム解析を行います。また、日本が世界をリードする霊長類遺伝子改変技術を更に進め、コネクトーム技術、霊長類遺伝子改変技術を融合して、ヒト脳機能の解明に迫ると同時に、精神・神経疾患への応用も視野に入れたいと考えております。

後半5年間は、マーモセット脳データベースに蓄積されている情報を活用し、遺伝子改変疾患モデルマーモセットの神経回路レベルでの病態解明に取り組んでいきます。


プロジェクトリーダー 宮脇 敦史

宮脇 敦史

理化学研究所
脳神経科学研究センター チームリーダー

プロジェクトリーダーより

2019年度より、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(Brain/MINDS)は、後半期(5年)を開始しました。前半期に引き続き、真理探究と技術開発を両輪に配し、脳の密林を走破することを目標に掲げます。理化学研究所脳神経科学研究センターの宮脇敦史が、中核拠点のプロジェクトリーダーを務めながら、技術開発の輪を整備していきます。先端技術もローテクも含めて科学技術を結集し、「森も木も両方見る」をスローガンに、脳の構造と機能のマップ作成に新しい生面を切り拓いていきたいと考えています。